1.はじめに

日本の産業界は成果主義導入、徹底したコスト削減、リストラ、海外生産によって業績を回復させた。しかし、職場生活はめまぐるしく変化して、労働者の心の危機が強まっている。職場の心の病は統合失調症、躁うつ病、人格障害などさまざまであるが、そのうちでうつ病が大きな問題となっている。実際、1998年以降、年間自殺者は一気に三万人を超え、うち労働者の自殺は約90008000人で推移している。うつ病は有効な治療法が確立しているにもかかわらず、多くの労働者は適切な治療を受けていない。企業は労働安全衛生法に基づく、“労働者の心の健康の保持増進のための指針について”によってメンタルヘルスを推進している。ポイントは、@4つのケア(セルフケア、ラインケア、産業保健スタッフなどによるケア、事業場外資源によるケア)の推進、A労働者の家族による気づきや支援の促進などである。職場のうつ病対策は、予防対策から早期発見・早期治療の社内システムづくり、主治医と産業医との連携、職場復帰対策、危機管理対策と多くの内容を含んでいる。具体的には、@社内の啓発・教育活動、A早期発見・早期対応・相談体制の仕組みづくり、B復職支援による長期休職防止、C上司・健康管理・人事労務部門の連携(三位一体制)等である。

2.       選んだキーワード

  職場、ストレス

3.       選んだ論文の内容の概略

「うつ病の変換」 広瀬徹也

 

〔1〕職場波関連のうつ病

今日の企業では長引く不況により効率化・競争力の強化が主眼とされ、社会間の合併により会社の規模規律が大幅に変化するなど、終身雇用制や年功序列制は過去のものとなった。特に、1991年のバブル経済の崩壊後は、追い討ちをかけるようにリストラが進み、勤労者の心身にとって余裕の乏しい体制となった。

過労による疲弊状態でも意欲減退、倦怠感に追随して二次的に抑うつ気分が伴うことがあり、うつ病と判断するのが妥当な場合と、職場不適応症ともいえる場合とがある。

職場不適応症は職場環境因が強く作用した適応障害とも言える。適応障害とは、はっきりと確認できるストレス因子に反応して、そのストレス因子の始まりから三ヶ月以内に、情緒面または行動面の症状が出現するものである。職場不適応症では職場環境と本人の素質や家庭環境が微妙に関連しているが、症状もうつ病とかなり重複しているため、明確なうつ病との区別が実際には容易ではない。職場で要求されている適応力が人の本来持っている能力や耐性に比較しあまりに大きく、そしてその努力が徒労に終わる場合、単なるうつ病としてもよいのであろうか。

現代においては責任感の強いメランコリー親和型の人は本来美徳とされるその性格が災いし、自己を追い込んでいく危険もある。メランコリー親和型性格の具体的な人格特徴としては、几帳面、堅実、綿密、勤勉、強い責任感、また誠実、世話好き、権威と序列を尊重すること、さらに気使いなど他社配慮的傾向の強いことなどがあげられる。彼らにとってはその秩序の維持が重要であり、それまでの秩序の境界を乗り越えて新しい秩序を作ることを迫られるような事態そのものがうつ病の発病状況となる。具体的には転居、昇進、停年、結婚、出産、近親者との死別などがあげられる。

特に中高年男性では黙々と働き続け周囲に自分の苦境を訴えず、せいぜい身体症状から一般医を受診しても何でもないと放置され自殺にいたることが、いわゆる過労自殺とされる例で少なくない。

 

〔2〕過労死は国際的に日本特有の社会病理として注目され‘karoshi’と記されて世界に紹介されている。わが国の愛社精神・勤労精神は先進諸国の中で特殊といえる。「自殺者が年間三万人以上、交通事故死者を上まわる」などと報道されているが、平成17年度より厚生労働省の“自殺対策のための戦略研究”が始まり、「うつ予防・支援マニュアル」を作成するなど、うつ予防と治療に遅まきながら数々の対策が試みられている。

企業の中で健康管理の一翼を担う産業医は内科医だけではなく、精神科医も不可欠になっている。臨床現場でも最近ではストレスケア病棟を併設し、うつ病やその他のストレス性障害を専門に扱う精神病院も徐々に増えつつある。しかし、このような医療プロジェクトに偏らず、国民の生活習慣や職場環境を考慮した政策が、今後の時代変換に応じてさらに多様化・社会問題化するうつ病の根本的な予防・治療にさらに必要であろう。

 

  「企業のメンタルへルス活動とうつ病対策」  森崎美奈子

〔1〕労働者の健康を損なう問題は時代とともに変化するが、最近はその変化が加速して勤労者の長時間労働の恒常化、加重付加による心身への影響が懸念されている。1998年は金融機関の破綻があいつぎ、わが国の自殺者は三万人を超え、特に50歳代男性の自殺が急増した。これは完全失業率の上昇と一致している。この現象を”進行する危機”として企業は認識する必要がある。職場のメンタルヘルスで最も頻度の高い精神疾患はストレス性障害としての抑うつ状態・うつ病であるが“業務による過労や職場のストレスで精神不調(含自殺)に至った”との労災申告が急増し、さらに過重労働による健康障害(過労死・過労自殺など)の増加などが深刻な社会問題となっている。()社会経済生産性本部は2002年、2004年、2006年と三回の“メンタルヘルスの取り組み”に関するアンケート調査を実施した。調査結果の概要は以下のとおりであった。

A.六割の企業でこの三年間に“心の病”が増加傾向

  @年齢別では“心の病”は30代に集中傾向がより鮮明になった。しかし、心の病

   は増加傾向があり、40代、50代の“総数”は大きく減ってはいないとみられる。

   A“心の病”で1ヶ月以上休んでいる社員がいる企業は7割を超えている。

メンタルヘルスに関する対策に力を入れる企業が急増。 

B.心の病の増加の背景に職場の変化

@     7割近い企業において個人で仕事をする機会が増えている。

A     6割の企業で、職場のコミュニケーションの機会が減り、5割近くの企業で職場の助け合いが少なくなった。

B     従業員の責任と裁量のバランスが取れている企業は約6割であり、責任と権限がアンバランスになりがちな現状が示唆された。

C.心の病の増加に職場環境の違いが反映している

@“職場でのコミュニケーションの機会が減少した企業”のうち、心の病の増加した企業は78.1%、“減少していない企業”との差は28.5%であった。

A“職場での助け合いが減少した企業”のうち、心の病の増加した企業は72.0%、減少してない企業との差は20.6%であった。

B“個人で仕事した機会が増えた企業”においては心の病の増加した企業は67.1%、“増加してない企業”との差は17.8%であった。 

 

〔2〕上記調査などから“心の病”の増加傾向を抑えるために企業には@職場における横のつながり(チームワークとコミュニケーション)の回復、A職場責任と裁量のバランスが取れるような業務の仕組みの改革、Bそしてそれらを含めた意味での労働者一人ひとりの働きがいに焦点を当てた“活力ある風土づくり”の必要性が示唆されている。1990年代に産業界にはリストラ旋風が吹き荒れたが、その時代に人材を大切にした企業はおおむね現在は成長しているとのことである。終身雇用制は古く、アメリカ流のリストラがよいとの論調は長期的視点では必ずしも企業の成長にはプラスにならなかった。

 

企業のメンタルヘルス活動は、労働安全衛生法に基づく“事業場における労働者の心の健康づくりのための判断方針について”によって推進されている。指針のポイントは、@心の健康づくり計画の策定A4つのケア(セルフケア、ラインケア、産業保健スタッフによるケア、事業場外資源によるケア)の推進である。2006年度からはさらに、改正労働安全衛生法に基づいて“労働者の心の健康の保持増進の指針について”が公表され、“心の健康づくり”は“心の健康保持増進”として展開されるようになった。新指針には4つのメンタルヘルスケアの推進とさらに労働者の家族による気づきや支援の促進が盛り込まれている。いずれにしても企業のメンタルヘルス活動の理念は健康増進(ヘルスプロモーション)として一次予防に位置づけられた活動である。

 

労働者のうつ病の再発、蔓延化が問題になっている。その要因解明は研究者に期待するところである。企業でできることは、産業医を通じて休業中の労働者の治療状況、@適切で十分な治療を受けているか、A適切な薬物療法か、B休養の遅れがなかったか、C発症要因の分析、などの治療現状・病状の回復状況の確認である。さらに、業務遂行能力についての評価、今後の就業に関する労働者自身の姿勢の把握、家族からの病状の改善程度や生活習慣(食事、睡眠、飲酒)などについて情報を得ることによって円滑な職場復帰につなげる。

職場復帰支援におけるポイントは、@明確な医学的判断と職場適応(労働衛生的)判断、A具体的な“復職スケジュール”の作成と実施、B三位一体の支援体制によるフォローアップ、C家族との連携である。なお、職場復帰時の対応は、うつ病なども原則的には身体的疾患についての対策と共通であり、@健康診断の実施と適切な事後処置、A適切な診断と治療、B事務調整、C適正配置である。

以上、職場メンタルヘルス支援活動のキーポイントを述べた。労働者への対応のポイントとしては、自己効力感を高める工夫、達成感を持たせる工夫、社会の基本的ルールを教え、コミュニケーションの改善(コーチング)、上手な自己主張(アサーション)の働きかけに注目していく。

 

4.考察

うつ病対策は企業活動の一部としてとらえ、人事諸制度の変化の中で企業と労働者の関係性を見直していくこと。そして、なぜメンタルへルス活動をするのか、企業としての方針を見直し、ビジョン、インフラはどうするか、を明確する。メンタルへルス対策は企業のセーフティーネットであり、事業者自らが実施することを表明し継続的・計画的に行うことが重要である。

 

5.まとめ

日本の産業界は業績を上げている一方で労働者の心の病が問題となっている。今回レポートを書いたことでうつ病は有効な治療法が確立されているにもかかわらず、多くの労働者は適切な治療を受けていないことも分かった。このことを踏まえて将来医師になったら人の命だけでなく、心も救っていきたいと思う。